学習目標
- フォノンによる熱流とFourierの法則の関係を理解する
- ボルツマン輸送方程式(BTE)の基本概念を把握する
- 緩和時間近似(RTA)とその物理的意味を説明できる
- 様々なフォノン散乱機構(フォノン-フォノン、境界、不純物)を理解する
- 運動論的公式から熱伝導率を計算できる
- サイズ効果と平均自由行程の概念を把握する
3.1 はじめに:なぜフォノンは熱を運ぶのか?
固体材料における熱伝導の主要な担い手は、多くの場合フォノンです。 金属では電子も寄与しますが、絶縁体やセラミックスではフォノンがほぼ全ての熱を運びます。 本章では、フォノンがどのように熱を輸送するのか、そしてその効率を決める 散乱機構について詳しく学びます。
熱伝導率は材料設計において極めて重要なパラメータです。 高熱伝導率材料(ダイヤモンド、窒化アルミニウム)は熱拡散板として、 低熱伝導率材料(断熱材、熱電材料)は遮熱や熱電変換に利用されます。
3.2 フォノン熱流と熱伝導率テンソル
3.2.1 Fourierの法則
巨視的な熱伝導現象は、Fourierの法則で記述されます:
Fourierの法則
\[ \mathbf{J}_Q = -\boldsymbol{\kappa} \cdot \nabla T \]
ここで、\(\mathbf{J}_Q\) は熱流密度ベクトル [W/m²]、 \(\boldsymbol{\kappa}\) は熱伝導率テンソル [W/(m·K)]、 \(\nabla T\) は温度勾配です。
等方的な材料では、\(\boldsymbol{\kappa}\) はスカラー量 \(\kappa\) となり、
\[ \mathbf{J}_Q = -\kappa \nabla T \]
熱伝導率テンソルと結晶対称性
異方性結晶では、熱伝導率は方向によって異なります。 例えば、黒鉛(グラファイト)では、層内方向の熱伝導率は 層間方向の約100倍にもなります。一般に、熱伝導率テンソルは 結晶の点群対称性によって制約されます:
- 立方晶:等方的(\(\kappa_{xx} = \kappa_{yy} = \kappa_{zz}\))
- 六方晶:c軸方向とab面内で異なる
- 斜方晶:三つの主軸方向で異なる値
3.2.2 フォノンによる熱流
微視的には、熱流はフォノンのエネルギー輸送として理解できます。 波数 \(\mathbf{k}\)、枝 \(s\) のフォノンモードに対して:
フォノンの熱流密度
フォノンによる熱流密度は、各モードの寄与を足し合わせて:
\[ \mathbf{J}_Q = \sum_{\mathbf{k},s} \hbar\omega_s(\mathbf{k}) \, \mathbf{v}_s(\mathbf{k}) \, n_s(\mathbf{k}) \]
ここで、
- \(\hbar\omega_s(\mathbf{k})\):フォノンのエネルギー
- \(\mathbf{v}_s(\mathbf{k}) = \nabla_{\mathbf{k}}\omega_s(\mathbf{k})\):群速度(エネルギー伝播速度)
- \(n_s(\mathbf{k})\):フォノン分布関数(平衡状態でBose-Einstein分布)
平衡状態では、すべての方向に等しく熱が流れるため、巨視的な熱流はゼロです。 温度勾配がある場合、分布関数が平衡からずれて \(n_s(\mathbf{k}) = n_0 + \delta n\) となり、 このずれ \(\delta n\) が熱流を生み出します。
3.3 ボルツマン輸送方程式(BTE)
3.3.1 BTEの導出と物理的意味
フォノン分布関数 \(n(\mathbf{r}, \mathbf{k}, t)\) の時間発展は、 ボルツマン輸送方程式(Boltzmann Transport Equation, BTE)で記述されます。
フォノンのボルツマン輸送方程式
\[ \frac{\partial n}{\partial t} + \mathbf{v} \cdot \nabla_{\mathbf{r}} n + \mathbf{F} \cdot \nabla_{\mathbf{k}} n = \left(\frac{\partial n}{\partial t}\right)_{\text{coll}} \]
各項の物理的意味:
- \(\frac{\partial n}{\partial t}\):時間的変化
- \(\mathbf{v} \cdot \nabla_{\mathbf{r}} n\):実空間での拡散項
- \(\mathbf{F} \cdot \nabla_{\mathbf{k}} n\):外力による波数空間での変化(通常、フォノンでは無視)
- \(\left(\frac{\partial n}{\partial t}\right)_{\text{coll}}\):散乱による変化(衝突項)
3.3.2 定常状態と緩和時間近似(RTA)
熱伝導の定常状態では \(\frac{\partial n}{\partial t} = 0\) であり、 外力がない場合、BTEは次のように簡略化されます:
\[ \mathbf{v} \cdot \nabla_{\mathbf{r}} n = \left(\frac{\partial n}{\partial t}\right)_{\text{coll}} \]
衝突項の正確な取り扱いは複雑ですが、最も単純で広く用いられる近似が 緩和時間近似(Relaxation Time Approximation, RTA)です。
緩和時間近似(RTA)
散乱によって分布関数が平衡分布 \(n_0\) に指数関数的に緩和すると仮定します:
\[ \left(\frac{\partial n}{\partial t}\right)_{\text{coll}} = -\frac{n - n_0}{\tau} \]
ここで、\(\tau\) は緩和時間(relaxation time)で、 フォノンが散乱されるまでの平均時間を表します。 \(\tau\) は一般に波数と枝に依存します:\(\tau = \tau_s(\mathbf{k})\)。
RTAを用いると、BTEは次のようになります:
\[ \mathbf{v} \cdot \nabla_{\mathbf{r}} n = -\frac{n - n_0}{\tau} \]
温度勾配が小さい線形応答領域では、\(n = n_0 + \delta n\) として、 \(\nabla_{\mathbf{r}} n \approx \nabla_{\mathbf{r}} n_0 = \frac{\partial n_0}{\partial T}\nabla T\) と近似できます。 これより、
\[ \delta n = -\tau \, \mathbf{v} \cdot \frac{\partial n_0}{\partial T} \nabla T \]
3.4 運動論的公式による熱伝導率の導出
3.4.1 熱伝導率の一般式
分布のずれ \(\delta n\) を熱流の式に代入すると:
\[ \mathbf{J}_Q = \sum_{\mathbf{k},s} \hbar\omega \, \mathbf{v} \, \delta n = -\sum_{\mathbf{k},s} \hbar\omega \, \mathbf{v} \, \tau \, \mathbf{v} \cdot \frac{\partial n_0}{\partial T} \nabla T \]
Bose-Einstein分布 \(n_0 = 1/(e^{\hbar\omega/k_B T} - 1)\) に対して、 \(\frac{\partial n_0}{\partial T} = \frac{\hbar\omega}{k_B T^2} n_0(n_0 + 1)\) です。 等方的な系を考え、\(\mathbf{v}\) の方向平均をとると、 \(\mathbf{v} \otimes \mathbf{v} = \frac{1}{3}v^2\mathbf{I}\)(\(\mathbf{I}\) は単位テンソル)となり、
熱伝導率の運動論的公式
\[ \kappa = \sum_{\mathbf{k},s} C_s(\mathbf{k}) \, v_s^2(\mathbf{k}) \, \tau_s(\mathbf{k}) \]
または、連続体近似で状態密度 \(g(\omega)\) を用いると、
\[ \kappa = \frac{1}{3}\int d\omega \, g(\omega) \, C(\omega) \, v^2(\omega) \, \tau(\omega) \]
ここで、\(C(\omega)\) はモードあたりの比熱:
\[ C(\omega) = k_B \left(\frac{\hbar\omega}{k_B T}\right)^2 \frac{e^{\hbar\omega/k_B T}}{(e^{\hbar\omega/k_B T} - 1)^2} \]
3.4.2 簡略化された形:\(\kappa = \frac{1}{3}Cv^2\tau\)
さらに簡略化して、平均的な値を用いると、有名な運動論的公式が得られます:
簡略化された熱伝導率の公式
\[ \kappa = \frac{1}{3} C v^2 \tau = \frac{1}{3} C v \ell \]
ここで、
- \(C\):単位体積あたりの比熱 [J/(m³·K)]
- \(v\):平均群速度(音速に近い) [m/s]
- \(\tau\):平均緩和時間 [s]
- \(\ell = v\tau\):平均自由行程(mean free path)[m]
例:シリコンの室温熱伝導率の見積もり
シリコン(Si)の室温における典型的な値:
- \(C \approx 1.6 \times 10^6\) J/(m³·K)
- \(v \approx 6000\) m/s(音速)
- \(\ell \approx 40\) nm(実験値)
これより、
\[ \kappa = \frac{1}{3} \times 1.6 \times 10^6 \times 6000 \times 40 \times 10^{-9} \approx 128 \text{ W/(m·K)} \]
実験値(\(\kappa \approx 150\) W/(m·K))とおおむね一致します。
3.5 フォノン散乱機構
緩和時間 \(\tau\) は、様々な散乱機構によって決まります。 主要な散乱機構には以下のものがあります。
3.5.1 フォノン-フォノン散乱(非調和散乱)
結晶の非調和性により、フォノン同士が相互作用して散乱されます。 主要な過程は三フォノン散乱です。
三フォノン散乱過程
1. 通常過程(Normal process, N-process)
\[ \mathbf{k}_1 + \mathbf{k}_2 = \mathbf{k}_3 \]
準運動量が厳密に保存される過程。熱流の方向を変えますが、 熱抵抗には直接寄与しません(再分配のみ)。
2. ウムクラップ過程(Umklapp process, U-process)
\[ \mathbf{k}_1 + \mathbf{k}_2 = \mathbf{k}_3 + \mathbf{G} \]
逆格子ベクトル \(\mathbf{G}\) が現れる過程。運動量の実効的な反転が起こり、 熱抵抗の主要な原因となります。
U過程の散乱率は温度に強く依存します:
\[ \tau_U^{-1} \propto \omega^2 T \exp\left(-\frac{\Theta_D}{bT}\right) \]
ここで、\(b \approx 2-3\) です。高温では指数因子が1に近づき、 \(\tau_U^{-1} \propto T\)、したがって \(\kappa \propto 1/T\) となります。 これが高温での熱伝導率の温度依存性の主要な原因です。
3.5.2 境界散乱(Casimir散乱)
試料の表面や粒界でフォノンが散乱される効果です。
Casimir境界散乱
試料サイズ \(L\) が平均自由行程より小さい場合、 フォノンは主に境界で散乱されます。緩和時間は:
\[ \tau_B = \frac{L}{v} \]
この効果により、\(\kappa \propto L\) となります(サイズ効果)。
ナノ構造材料や薄膜では、境界散乱が支配的となり、 バルク材料より大幅に低い熱伝導率を示します。 これは熱電材料設計で積極的に利用されています。
3.5.3 不純物・欠陥散乱
質量の異なる不純物原子や格子欠陥により、フォノンが散乱されます。
質量欠陥散乱(Rayleigh散乱)
質量差 \(\Delta M\) を持つ不純物濃度 \(x\) の場合:
\[ \tau_I^{-1} = A x \left(\frac{\Delta M}{M}\right)^2 \omega^4 \]
\(\omega^4\) 依存性(Rayleigh散乱)により、 高周波フォノンほど強く散乱されます。
3.5.4 同位体散乱
天然存在比の同位体混合も質量欠陥として作用します。 例えば、天然シリコンには Si-28(92.2%)、Si-29(4.7%)、Si-30(3.1%)が含まれ、 これが熱伝導率を約10%低下させます。
例:同位体濃縮による熱伝導率向上
同位体を純化したシリコン(Si-28 のみ)では、室温での熱伝導率が 天然Siの約150 W/(m·K)から約450 W/(m·K)へと3倍近く増加します。 これは、同位体散乱が無視できない寄与をしていることを示しています。
3.6 マティーセンの規則とその限界
3.6.1 マティーセンの規則
複数の独立な散乱機構がある場合、散乱率は加算されます:
マティーセンの規則(Matthiessen's Rule)
\[ \tau^{-1} = \tau_U^{-1} + \tau_B^{-1} + \tau_I^{-1} + \cdots \]
または、緩和時間を用いて:
\[ \frac{1}{\tau_{\text{total}}} = \sum_i \frac{1}{\tau_i} \]
各散乱機構が独立で、散乱確率が小さい場合に成立します。
3.6.2 限界と修正
マティーセンの規則は便利ですが、以下の限界があります:
- モード依存性:各散乱機構の強さは \(\mathbf{k}\) と \(s\) に依存するため、単純な加算は近似
- 干渉効果:散乱機構間の相関が無視されている
- 強散乱:散乱が強い場合、独立性の仮定が破綻
精密な計算では、BTEを完全に解くか、より高度な近似(variational method など)を用います。
3.7 温度依存性と熱伝導率のピーク
多くの結晶材料の熱伝導率は、温度に対して特徴的な振る舞いを示します。
3.7.1 低温領域(\(T \ll \Theta_D\))
- 比熱:Debye \(T^3\) 則により \(C \propto T^3\)
- 散乱:U過程は凍結(\(\exp(-\Theta_D/T) \to 0\))、境界散乱が支配的
- 熱伝導率:\(\kappa \propto C v \tau_B \propto T^3\)
3.7.2 中温領域(\(T \sim \Theta_D/20\))
U過程が活性化し始め、\(C\) の増加と \(\tau\) の減少が釣り合う温度で 熱伝導率がピークを示します。
3.7.3 高温領域(\(T \gg \Theta_D\))
- 比熱:Dulong-Petit値で飽和(\(C \approx \text{const}\))
- 散乱:U過程が支配的、\(\tau_U^{-1} \propto T\)
- 熱伝導率:\(\kappa \propto 1/T\)
例:ダイヤモンドの熱伝導率
ダイヤモンドは室温で約2200 W/(m·K)という極めて高い熱伝導率を持ちます。 これは以下の要因によります:
- 軽い原子(炭素)による高い振動数(\(\Theta_D \approx 2200\) K)
- 強い共有結合による高い群速度
- 単純な結晶構造による長い平均自由行程
熱伝導率は約100 Kでピークを示し、低温では \(T^3\)、 高温では \(1/T\) に従います。
3.8 平均自由行程分布とサイズ効果
3.8.1 平均自由行程の分布
すべてのフォノンモードが同じ平均自由行程を持つわけではありません。 一般に、低周波の音響フォノンは長い自由行程を持ち、 高周波フォノンは短い自由行程を持ちます。
累積熱伝導率
平均自由行程が \(\ell\) 以下のフォノンによる熱伝導率の寄与を \(\kappa(\ell)\) とすると、
\[ \kappa(\ell) = \int_0^{\ell} \frac{d\kappa}{d\ell'} d\ell' \]
この累積分布を解析することで、どのスケールのフォノンが 熱輸送を支配しているかがわかります。
3.8.2 サイズ効果と弾道輸送
試料サイズ \(L\) が平均自由行程 \(\ell\) より小さくなると、 フォノンは散乱されずに試料を横断します。 これを弾道輸送(ballistic transport)といいます。
Knudsen数とサイズ効果
Knudsen数を \(Kn = \ell/L\) と定義すると:
- \(Kn \ll 1\):拡散輸送(バルク的、\(\kappa\) は \(L\) に依存しない)
- \(Kn \sim 1\):遷移領域(\(\kappa\) が \(L\) に依存し始める)
- \(Kn \gg 1\):弾道輸送(\(\kappa \propto L\))
ナノワイヤや薄膜では、サイズ効果により熱伝導率が大幅に低下します。 例えば、直径50 nmのシリコンナノワイヤの熱伝導率は バルクSiの約1/100になります。
3.9 Callawayモデルとその改良
3.9.1 Callawayモデル
Callaway(1959)は、N過程とU過程を区別した熱伝導率の表式を提案しました。
Callawayモデル
熱伝導率は、緩和時間 \(\tau_C\)(結合緩和時間)と \(\tau_N\)(N過程のみ)を用いて:
\[ \kappa = \frac{k_B}{2\pi^2 v} \left[ \int \frac{\tau_C}{\tau_N} x^4 e^x (e^x - 1)^{-2} dx \right]^2 \left[ \int \tau_C^{-1} x^4 e^x (e^x - 1)^{-2} dx \right]^{-1} \]
ここで、\(x = \hbar\omega/k_B T\)。第一項がN過程の寄与、 第二項が抵抗過程(U過程など)の寄与を表します。
3.9.2 改良モデル
Callawayモデルは単純化が多く、現代的な改良には以下があります:
- Holland モデル:フォノン枝(LA, TA, LO, TO)を明示的に区別
- 第一原理計算:密度汎関数摂動論(DFPT)で力定数を計算し、BTEを数値的に解く
- 機械学習アプローチ:散乱率をデータから学習
3.10 最小熱伝導率の概念
非晶質材料や極度に無秩序な材料では、フォノンの平均自由行程が 格子定数程度まで短くなります。この極限での熱伝導率を 最小熱伝導率(minimum thermal conductivity)といいます。
最小熱伝導率(Cahill-Pohl モデル)
平均自由行程が原子間距離 \(a\) と等しいと仮定すると:
\[ \kappa_{\min} = \left(\frac{\pi}{6}\right)^{1/3} k_B n^{2/3} \sum_i v_i \]
ここで、\(n\) は数密度、\(v_i\) は音速(縦波と横波)です。 この値は、非晶質材料の実測値とよく一致します。
3.11 Pythonによる熱伝導率計算
Debyeモデルと簡単な散乱モデルを用いて、熱伝導率の温度依存性を計算してみましょう。
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
from scipy.integrate import quad
# 物理定数
k_B = 1.381e-23 # J/K
hbar = 1.055e-34 # J·s
# 材料パラメータ(シリコンを想定)
theta_D = 645 # K(Debye温度)
v = 6000 # m/s(平均音速)
a = 5.43e-10 # m(格子定数)
n = 8 / a**3 # 数密度(ダイヤモンド構造)
def integrand_C(x):
"""Debye比熱の被積分関数"""
if x > 100: # オーバーフロー防止
return 0
ex = np.exp(x)
return x**4 * ex / (ex - 1)**2
def specific_heat_debye(T, theta_D):
"""Debye比熱 [J/(m³·K)]"""
if T < 1e-3:
return 0
x_max = theta_D / T
integral, _ = quad(integrand_C, 0, x_max)
C = 9 * n * k_B * (T / theta_D)**3 * integral
return C
def tau_umklapp(T, omega, theta_D):
"""U過程の緩和時間 [s]"""
if T < theta_D / 10:
# 低温でU過程は凍結
return 1e-6 * np.exp(theta_D / (2 * T))
else:
# 高温
return 1e-12 / (omega**2 * T)
def tau_boundary(v, L):
"""境界散乱の緩和時間 [s]"""
return L / v
def tau_impurity(omega, omega_D):
"""不純物散乱の緩和時間(Rayleigh散乱)[s]"""
A = 1e-42 # 散乱強度パラメータ
return 1 / (A * omega**4)
def thermal_conductivity_simple(T, L=1e-3):
"""
簡略化された熱伝導率計算
Parameters:
-----------
T : float
温度 [K]
L : float
試料サイズ [m](境界散乱用)
Returns:
--------
kappa : float
熱伝導率 [W/(m·K)]
"""
if T < 1:
return 0
# Debye振動数
omega_D = k_B * theta_D / hbar
# 比熱
C = specific_heat_debye(T, theta_D)
# 平均的な緩和時間(各散乱機構の逆数の和)
omega_avg = omega_D / 2 # 平均振動数
tau_U = tau_umklapp(T, omega_avg, theta_D)
tau_B = tau_boundary(v, L)
tau_I = tau_impurity(omega_avg, omega_D)
# マティーセンの規則
tau_total = 1 / (1/tau_U + 1/tau_B + 1/tau_I)
# 熱伝導率
kappa = (1/3) * C * v**2 * tau_total
return kappa
# 温度範囲
T_range = np.logspace(0, 3, 100) # 1 K - 1000 K
# 異なるサイズでの計算
sizes = [1e-6, 1e-5, 1e-4, 1e-3] # 1μm, 10μm, 100μm, 1mm
labels = ['1 μm', '10 μm', '100 μm', '1 mm (bulk)']
plt.figure(figsize=(12, 8))
for L, label in zip(sizes, labels):
kappa_list = [thermal_conductivity_simple(T, L) for T in T_range]
plt.loglog(T_range, kappa_list, linewidth=2, label=label)
plt.axvline(x=theta_D, color='red', linestyle='--',
label=f'Debye温度 ({theta_D} K)', alpha=0.7)
plt.xlabel('温度 [K]', fontsize=14)
plt.ylabel('熱伝導率 [W/(m·K)]', fontsize=14)
plt.title('熱伝導率の温度依存性とサイズ効果', fontsize=16)
plt.legend(fontsize=12)
plt.grid(True, alpha=0.3, which='both')
plt.tight_layout()
plt.show()
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
def mfp_distribution(T=300, theta_D=645):
"""
平均自由行程の分布を計算
Parameters:
-----------
T : float
温度 [K]
theta_D : float
Debye温度 [K]
"""
# パラメータ
v = 6000 # m/s
omega_D = k_B * theta_D / hbar
# 振動数範囲
omega = np.linspace(0.01 * omega_D, omega_D, 500)
# 各振動数での緩和時間
tau = np.zeros_like(omega)
for i, w in enumerate(omega):
tau_U = tau_umklapp(T, w, theta_D)
tau_I = tau_impurity(w, omega_D)
tau[i] = 1 / (1/tau_U + 1/tau_I)
# 平均自由行程
mfp = v * tau
# モードあたりの比熱(重み)
x = hbar * omega / (k_B * T)
weight = x**2 * np.exp(x) / (np.exp(x) - 1)**2
weight = weight / np.sum(weight) # 正規化
# プロット
fig, (ax1, ax2) = plt.subplots(1, 2, figsize=(14, 5))
# 平均自由行程vs振動数
ax1.loglog(omega / omega_D, mfp * 1e9, linewidth=2, color='blue')
ax1.set_xlabel(r'規格化振動数 $\omega/\omega_D$', fontsize=12)
ax1.set_ylabel('平均自由行程 [nm]', fontsize=12)
ax1.set_title(f'平均自由行程の振動数依存性(T = {T} K)', fontsize=14)
ax1.grid(True, alpha=0.3, which='both')
# 累積熱伝導率
sorted_indices = np.argsort(mfp)
mfp_sorted = mfp[sorted_indices]
weight_sorted = weight[sorted_indices]
cumulative = np.cumsum(weight_sorted)
ax2.semilogx(mfp_sorted * 1e9, cumulative, linewidth=2, color='red')
ax2.set_xlabel('平均自由行程 [nm]', fontsize=12)
ax2.set_ylabel('累積寄与', fontsize=12)
ax2.set_title('累積熱伝導率分布', fontsize=14)
ax2.axhline(y=0.5, color='gray', linestyle='--', alpha=0.5)
ax2.grid(True, alpha=0.3)
plt.tight_layout()
plt.show()
# 統計情報
median_mfp = mfp_sorted[np.argmin(np.abs(cumulative - 0.5))]
mean_mfp = np.sum(mfp * weight)
print(f"温度: {T} K")
print(f"平均自由行程(平均値): {mean_mfp*1e9:.2f} nm")
print(f"平均自由行程(中央値): {median_mfp*1e9:.2f} nm")
print(f"最小 MFP: {np.min(mfp)*1e9:.2f} nm")
print(f"最大 MFP: {np.max(mfp)*1e9:.2f} nm")
# 実行
mfp_distribution(T=300)
コードの解説
- 最初のコード:Debyeモデルに基づいて比熱を計算し、 マティーセンの規則で散乱時間を求めて熱伝導率を計算します。 異なる試料サイズでの温度依存性を比較できます。
- 二つ目のコード:平均自由行程の分布と累積寄与を可視化します。 どのスケールのフォノンが熱輸送を支配しているかがわかります。
- 実際の第一原理計算では、Phonopy、ShengBTE、ALMABTE などの 専用ソフトウェアが使用されます。
3.12 実験データとの比較
3.12.1 代表的な材料の熱伝導率
| 材料 | κ [W/(m·K)] @ 300K | 特徴 |
|---|---|---|
| ダイヤモンド | 2200 | 最高の熱伝導体(絶縁体) |
| 銀 | 429 | 金属(電子寄与大) |
| シリコン | 150 | 半導体 |
| 石英ガラス | 1.4 | 非晶質(最小熱伝導率) |
| 空気 | 0.026 | 気体 |
3.12.2 理論と実験の比較
第一原理計算による熱伝導率予測は、以下の精度を達成しています:
- 高品質結晶:実験値の±20%以内
- 合金・複雑系:定性的傾向は一致、定量値は±50%程度
- ナノ構造:サイズ依存性の傾向は一致するが、界面抵抗の扱いが課題
主な誤差要因:
- 力定数計算の精度(DFT汎関数の選択)
- 四フォノン以上の高次散乱の無視
- 欠陥や不純物濃度の不確定性
- 非調和効果の取り扱い
3.13 まとめ
本章の要点
- 熱伝導はフォノンのエネルギー輸送として理解でき、 Fourierの法則により巨視的に記述される
- ボルツマン輸送方程式(BTE)が微視的な熱輸送理論の基礎であり、 緩和時間近似(RTA)により簡略化できる
- 熱伝導率は運動論的公式 \(\kappa = \frac{1}{3}Cv^2\tau = \frac{1}{3}Cv\ell\) で 近似的に表される
- 主要な散乱機構には、フォノン-フォノン散乱(特にU過程)、 境界散乱、不純物散乱がある
- マティーセンの規則により、散乱率が加算的に扱える
- 熱伝導率は温度に対して特徴的な振る舞いを示し、 低温で \(T^3\)、高温で \(1/T\) に従う
- サイズ効果により、ナノ構造では熱伝導率が大幅に低下する (弾道輸送)
- 最小熱伝導率の概念により、非晶質材料の熱伝導を理解できる
演習問題
問題1:基礎概念の確認
- Fourierの法則 \(\mathbf{J}_Q = -\kappa \nabla T\) において、負号の物理的意味を説明しなさい。
- 緩和時間近似(RTA)における「緩和時間」とは何を意味するか説明しなさい。
- 通常過程(N-process)とウムクラップ過程(U-process)の違いを、準運動量保存則の観点から説明しなさい。
問題2:数値計算
ある材料の室温(300 K)における物性値が以下の通りとします:
- 比熱:\(C = 2.0 \times 10^6\) J/(m³·K)
- 平均音速:\(v = 5000\) m/s
- 平均自由行程:\(\ell = 50\) nm
- 運動論的公式 \(\kappa = \frac{1}{3}Cv\ell\) を用いて熱伝導率を計算しなさい。
- 平均自由行程が半分(25 nm)になった場合、熱伝導率はどう変化するか。
問題3:温度依存性
結晶材料の熱伝導率が次の温度依存性を示すとします:
- 低温(\(T < 50\) K):\(\kappa \propto T^3\)
- 高温(\(T > 300\) K):\(\kappa \propto 1/T\)
- 低温での \(T^3\) 依存性の起源を、比熱と散乱機構の観点から説明しなさい。
- 高温での \(1/T\) 依存性がU過程によるものであることを、散乱率の温度依存性から示しなさい。
- 熱伝導率がピークを示す温度とDebye温度 \(\Theta_D\) の関係を議論しなさい。
問題4:サイズ効果
シリコンのバルク熱伝導率が300 Kで150 W/(m·K)、平均自由行程が40 nmとします。
- 直径100 nmのシリコンナノワイヤでは、境界散乱が支配的になると予想されます。 Casimir境界散乱を仮定して、ナノワイヤの熱伝導率を見積もりなさい。
- Knudsen数 \(Kn = \ell/L\) を計算し、輸送regime(拡散/遷移/弾道)を判定しなさい。
- 熱電材料では低熱伝導率が望ましい。ナノ構造化が有効である理由を説明しなさい。
問題5:応用問題
- 同位体濃縮により熱伝導率が向上する理由を、散乱機構の観点から説明しなさい。 また、どの温度範囲で効果が最も顕著になるか考察しなさい。
- 非晶質材料の熱伝導率が最小熱伝導率に近い値を示す理由を、 平均自由行程の概念を用いて説明しなさい。
- 第一原理計算により熱伝導率を予測する際の主要な課題を3つ挙げ、 それぞれについて簡潔に説明しなさい。