熱可塑性プラスチックの積層造形 - フィラメント溶融の科学
この章を完了すると、以下を説明できるようになります:
第1章では積層造形(AM)全体を7つのプロセスカテゴリとして俯瞰しました。本章はそのうち最も普及している材料押出法(MEX / FDM / FFF)に絞り、熱可塑性プラスチックがどのように溶けて積み重なり、なぜ層の向きで強度が変わるのかを、材料科学と伝熱・高分子物理の視点から掘り下げます。
材料押出法(Material Extrusion, MEX)は、熱可塑性プラスチックのフィラメントを加熱・溶融し、細いノズルから押し出しながら平面内を走査し、一層ずつ積み重ねて立体を造形する方式です。商標の関係でFDM(Fused Deposition Modeling、熱溶解積層法)とFFF(Fused Filament Fabrication、熱溶融フィラメント製造法)の2つの呼称がありますが、指す技術は同じです。FDMはStratasys社の登録商標であり、オープンソースコミュニティが同義の一般名称としてFFFを用いています。
この方式が世界で最も普及しているのは、装置が安価で、材料がフィラメントという扱いやすい形態で供給され、プロセスが直感的に理解しやすいためです。一方で、後述するように層と層の界面が強度の弱点になりやすいという固有の課題も持ちます。
フィラメントが立体になるまでの物理過程を追うと、次のようになります。
flowchart TD
A[フィラメント供給
固体 常温] --> B[ヒートブレーク
徐々に軟化]
B --> C[ホットエンド溶融
190-260度C]
C --> D[ノズル押出
せん断流動]
D --> E[ベッド/前層へ堆積
接触・熱伝達]
E --> F[相互拡散による溶着
ポリマー鎖の絡み合い]
F --> G[冷却・固化
Tg以下へ]
G --> H[次層の押出
繰り返し]
style A fill:#e3f2fd
style C fill:#fff3e0
style F fill:#e8f5e9
style H fill:#f3e5f5
ここで材料科学的に重要なのは、ステップEとFです。押し出された溶融樹脂(ビード)は、すぐ下やすぐ隣にある一段冷えた樹脂と接触します。両者の界面温度がガラス転移温度(後述)より高い間だけ、ポリマー鎖が界面を越えて拡散し、絡み合って一体化します。この「溶着できる時間」がどれだけ確保できるかが、造形物の強度を左右します。
FDM/FFFでは、3つの温度が独立に、しかし相互に関連しながら品質を決めます。
| 温度パラメータ | 典型的な範囲 | 主に制御するもの |
|---|---|---|
| ノズル温度 | 190〜260°C(材料依存) | 溶融樹脂の粘度、押出のしやすさ、層間接着(高いほど溶着しやすいが糸引き・過剰溶融のリスク) |
| ベッド温度 | 0〜110°C(材料依存) | 初層の密着、部品下部の反り抑制(材料のTg付近に設定するのが目安) |
| チャンバー温度 | 常温〜80°C以上 | 造形中の急冷を防ぎ、層間の温度差と残留応力を低減(ABS/PC/PEEKで特に重要) |
ノズル温度やベッド温度は経験則で決めるものではなく、各材料のガラス転移温度・融点・熱分解温度という物性から導かれます。次節でこれらの物性を整理すると、なぜPLAは低温・ABSは高温で扱うのか、なぜPEEKには高温チャンバーが必須なのかが体系的に理解できます。
熱可塑性プラスチックは、固体状態での分子鎖の並び方によって非晶性(アモルファス)と半結晶性の2つに大別されます。この違いがFDM造形の挙動を大きく左右します。
非晶性ポリマー(例: ABS、PC、PETG)は明確な融点を持たず、Tgを超えると徐々に軟化します。冷却時の体積変化が緩やかで、造形の寸法が安定しやすい反面、Tgが高い材料は反りやすい傾向があります。
半結晶性ポリマー(例: PLA、ナイロン、PEEK)は結晶化に伴って冷却時に大きく収縮します。この収縮が不均一に起こると強い反りや変形を生むため、造形の難度が上がります。ただし結晶化により高い剛性・耐薬品性が得られます。
デスクトップから産業用途まで広く使われる代表的な材料を整理します。数値は代表値であり、メーカーやグレードによって変動します。
| 材料 | 分類 | Tg / Tm (°C) | ノズル温度 (°C) | ベッド温度 (°C) | 特徴 |
|---|---|---|---|---|---|
| PLA (ポリ乳酸) |
半結晶性 | Tg 60 / Tm 170 | 190〜220 | 20〜60 | 造形容易、低反り、生分解性。耐熱性・靭性が低い。初心者向け |
| ABS (アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン) |
非晶性 | Tg 105 / - | 230〜260 | 90〜110 | 耐熱・靭性良好。反りやすく、要エンクロージャ。アセトン蒸気で平滑化可能 |
| PETG (ポリエチレンテレフタレート・グリコール変性) |
非晶性 | Tg 80 / - | 230〜250 | 70〜90 | 強度・耐薬品・耐候のバランス良好、低反り。糸引きしやすい |
| PC (ポリカーボネート) |
非晶性 | Tg 147 / - | 260〜310 | 110〜130 | 高強度・高耐熱・高透明性。吸湿性が高く、要高温チャンバー |
| ASA | 非晶性 | Tg 100 / - | 240〜260 | 90〜110 | ABS同等の性能に耐候性(耐紫外線)を付与。屋外用途向け |
| ナイロン (PA) |
半結晶性 | Tg 50 / Tm 220 | 240〜270 | 70〜100 | 高靭性・耐摩耗。強い吸湿性で要乾燥。反りやすい |
| TPU (熱可塑性ポリウレタン) |
非晶性系 | Tg -30〜-20 / - | 220〜240 | 40〜60 | 柔軟なエラストマー。低速造形が必要、ダイレクト式推奨 |
金属に迫る比強度や高い耐熱性が求められる航空宇宙・医療分野では、高性能ポリマーが用いられます。
PEEKやULTEMは、単に高温で溶かせばよいというものではありません。半結晶性のPEEKでは、冷却速度が速すぎると結晶化が不十分になり機械的性質が低下し、遅すぎたり不均一だと反り・変形が生じます。均一な高温環境(加熱チャンバー)と最適な冷却プロファイルの制御が不可欠で、専用の高温装置(全体で数百万円規模)と入念な条件出しを要します。「材料があれば造形できる」わけではないことに注意してください。
FDMで安定した造形ができるかどうかは、ノズルから単位時間あたりに押し出す体積流量 Qが、ホットエンドが溶融供給できる能力(流量限界)を超えないかで決まります。体積流量は次式で近似できます。
いくつかの設定について計算し、標準的なホットエンドの限界(PLAでおよそ12 mm³/s)と照合してみます。
import numpy as np
def volumetric_flow(line_width, layer_height, speed):
"""押出体積流量 (mm^3/s): 断面(幅x高さ) x 移動速度"""
return line_width * layer_height * speed
max_flow = 12.0 # 標準的なホットエンドの上限 (PLA, mm^3/s)
cases = [
("LH0.10 / LW0.40 / 60mm/s", 0.40, 0.10, 60),
("LH0.20 / LW0.40 / 60mm/s", 0.40, 0.20, 60),
("LH0.20 / LW0.45 / 100mm/s", 0.45, 0.20, 100),
("LH0.30 / LW0.60 / 80mm/s", 0.60, 0.30, 80),
]
for name, w, h, v in cases:
q = volumetric_flow(w, h, v)
flag = "OK" if q <= max_flow else "上限超過"
print(f"{name:26s}: Q = {q:5.2f} mm^3/s [{flag}]")
# 1.75mm フィラメントの送り速度に換算
d_fil = 1.75
A_fil = np.pi * (d_fil / 2) ** 2
q = volumetric_flow(0.45, 0.20, 100)
print(f"\nフィラメント送り速度 (Q={q:.2f}): {q / A_fil:.2f} mm/s")
実行結果:
LH0.10 / LW0.40 / 60mm/s : Q = 2.40 mm^3/s [OK]
LH0.20 / LW0.40 / 60mm/s : Q = 4.80 mm^3/s [OK]
LH0.20 / LW0.45 / 100mm/s : Q = 9.00 mm^3/s [OK]
LH0.30 / LW0.60 / 80mm/s : Q = 14.40 mm^3/s [上限超過]
フィラメント送り速度 (Q=9.00): 3.74 mm/s
0.6 mmノズルでレイヤー高さ0.3 mm・80 mm/sという一見穏やかな設定でも、体積流量は14.4 mm³/sに達し、標準ホットエンドの限界を超えます。この場合、ホットエンドが樹脂を溶かしきれず押出不足(アンダーエクストルージョン)が起こります。高速・大流量で造形したい場合は、速度だけでなくホットエンドの溶融能力(高流量ホットエンドへの交換など)を合わせて考える必要があるのです。
FDMの造形品質は多数のパラメータの組み合わせで決まります。ここでは特に影響の大きい4つを取り上げます。
インフィルは部品内部を充填する構造で、密度とパターンを指定します。第1章でパターンごとの特性(Grid、Honeycomb、Gyroid など)を扱ったので、ここでは密度と力学の関係に注目します。
重要なのは、強度はインフィル密度に比例せず、低密度側では非線形だという点です。多くの荷重は外殻(シェル)が担うため、シェル数を増やす方がインフィル密度を上げるより効率的に強度が向上する場合が多くあります。
「見た目のきれいさ」と「機械的強度」はしばしば逆方向を向きます。冷却ファンを強くすると突起や橋げたはシャープに仕上がりますが、層間接着は弱くなります。用途が「見せるモデル」なのか「力がかかる部品」なのかを最初に決め、それに合わせて冷却・温度・速度を選ぶことが大切です。
ノズルが造形しない区間を移動(トラベル)する際、溶融樹脂が自重やノズル内圧で垂れ、細い糸を引くこと(ストリンギング)があります。これを防ぐため、移動の直前にフィラメントを少し引き戻す操作をリトラクション(Retraction)と呼びます。
FDM造形物の最大の特徴であり弱点でもあるのが、層と層の界面(インターレイヤー)です。ここでは、なぜ界面が弱くなるのかを高分子物理の視点で理解し、Pythonで定量的に見積もります。
溶融した2つのポリマー面が接触して一体化する現象は、相互拡散(interdiffusion)によって説明されます。高分子は絡み合った長い鎖であり、その鎖が管の中を這うように移動するモデルをレプテーション(reptation、爬行)理論と呼びます(de Gennes、Doi-Edwardsらによる)。
界面での溶着強度は、鎖が界面を越えて相互浸透した度合いで決まります。溶着時間 t と、鎖が完全に絡み合うのに要する時間(レプテーション時間 t_rep)を用いて、界面強度は次のように近似されます。
レプテーション時間は温度に強く依存し、Arrhenius型で表せます。温度が高いほど鎖の運動が速く、t_rep は小さく(=溶着が速く)なります。
上のモデルを使い、界面温度を変えたときの層間(Z方向)引張強度を見積もります。溶着ウィンドウ(界面が溶着可能温度に留まる時間)を1秒、バルク強度を40 MPaと仮定します。
import numpy as np
R = 8.314 # 気体定数 J/(mol K)
t0 = 1e-9 # 前指数因子 s
Ea = 90e3 # レプテーションの見かけ活性化エネルギー J/mol
t_contact = 1.0 # 界面が溶着可能温度に留まる時間 (溶着ウィンドウ) s
sigma_bulk = 40.0 # バルク引張強度 MPa
print(f"{'界面温度(C)':>10} {'t_rep(s)':>12} {'治癒度':>8} {'層間強度(MPa)':>13}")
for Tc in [180, 200, 220, 240, 260]:
T = Tc + 273.15
t_rep = t0 * np.exp(Ea / (R * T)) # レプテーション時間 (Arrhenius)
healing = min((t_contact / t_rep) ** 0.25, 1.0) # 治癒度 (最大1.0)
sigma_z = healing * sigma_bulk
print(f"{Tc:>10} {t_rep:>12.3e} {healing:>8.3f} {sigma_z:>13.2f}")
実行結果:
界面温度(C) t_rep(s) 治癒度 層間強度(MPa)
180 2.370e+01 0.453 18.13
200 8.633e+00 0.583 23.34
220 3.413e+00 0.736 29.43
240 1.451e+00 0.911 36.45
260 6.576e-01 1.000 40.00
界面温度が180°Cのときはバルクの約45%(18 MPa)しか強度が出ませんが、240°Cでは91%(36 MPa)まで回復します。これが「ノズル温度を上げると層間強度が向上する」ことの物理的な裏付けです。ただし温度を上げすぎると糸引き・過剰溶融・熱分解を招くため、材料の熱分解温度との兼ね合いで上限が決まります。
ここで用いた治癒度モデルと活性化エネルギー(90 kJ/mol)、前指数因子は説明のための合成値です。実際のレプテーション時間や界面強度は、材料の分子量分布・添加剤・実際の界面温度履歴に強く依存します。数値の絶対値ではなく、「温度が高いほど、接触時間が長いほど層間強度が上がる」という傾向を理解することが目的です。
層間強度を稼ぐには、界面がTgより高温である「溶着ウィンドウ」をどれだけ確保できるかが鍵です。押し出されたビードがどのように冷えるかを、集中定数系(lumped capacitance)モデルで見積もります。物体内部の温度が一様と仮定し、冷却は次式に従います。
ここで L_c は代表長さ(体積/表面積)、h は熱伝達率です。ABSのビード(径0.4 mm)を例に計算します。
import numpy as np
# 集中定数系モデル: T(t) = T_env + (T0 - T_env) exp(-t/tau)
rho, c = 1040.0, 1900.0 # ABS: 密度 kg/m^3, 比熱 J/(kg K)
h_conv = 60.0 # 対流熱伝達率 W/(m^2 K)
d = 0.4e-3 # ビード径 m
Lc = (d / 2) / 2 # 代表長さ (円柱 半径/2)
tau = rho * c * Lc / h_conv
T0, T_env, Tg = 240.0, 50.0, 105.0 # 押出温度, 周囲温度, ABSのTg (C)
print(f"代表長さ Lc = {Lc*1e6:.1f} um, 時定数 tau = {tau:.3f} s")
t_to_Tg = -tau * np.log((Tg - T_env) / (T0 - T_env))
print(f"{T0:.0f}C から Tg={Tg:.0f}C までの冷却時間: {t_to_Tg*1000:.1f} ms")
for t in [0.0, 0.05, 0.1, 0.2, 0.5, 1.0]:
T = T_env + (T0 - T_env) * np.exp(-t / tau)
print(f" t={t*1000:6.0f} ms : T = {T:6.1f} C")
実行結果:
代表長さ Lc = 100.0 um, 時定数 tau = 3.293 s
240C から Tg=105C までの冷却時間: 4082.7 ms
t= 0 ms : T = 240.0 C
t= 50 ms : T = 237.1 C
t= 100 ms : T = 234.3 C
t= 200 ms : T = 228.8 C
t= 500 ms : T = 213.2 C
t= 1000 ms : T = 190.2 C
周囲温度50°Cのこのモデルでは、界面がTg(105°C)を下回るまで約4秒という比較的長い溶着ウィンドウが得られます。これは周囲を暖かく保つ(エンクロージャやチャンバー加熱)ほど溶着に有利であることを示します。逆に冷却ファンを強く当てて周囲温度を下げると、このウィンドウは急激に短くなります。
このモデルは対流冷却のみを考え、隣接する冷えた層への熱伝導を無視しているため、実際の冷却より遅めに出ます。実機ではビードは冷たい前層と接触して熱伝導で急冷されるため、溶着ウィンドウはこれより短くなります。ここでの目的は絶対時間の予測ではなく、「周囲温度と熱伝達がウィンドウを支配する」という定性的関係の把握です。
層間界面が弱いため、FDM造形物の強度は荷重が層に対してどの向きにかかるかで大きく変わります。これを機械的異方性と呼びます。代表的な3つの造形方向について、面内で良好に接着した場合の強度(50 MPa、PLA相当)に対する保持率を評価します。
# 造形方向による引張強度の異方性 (FDM)
sigma_bulk = 50.0 # 面内で良好に接着した場合の引張強度 (PLA, MPa)
orient = {
"Flat (XY面内で引張)": 1.00,
"On-edge(XY面内で引張)": 0.92,
"Upright(Z 層間方向で引張)": 0.48,
}
print(f"{'造形方向':28s} {'強度(MPa)':>10} {'保持率':>8}")
for name, k in orient.items():
print(f"{name:28s} {sigma_bulk*k:>10.1f} {k*100:>7.0f}%")
実行結果:
造形方向 強度(MPa) 保持率
Flat (XY面内で引張) 50.0 100%
On-edge(XY面内で引張) 46.0 92%
Upright(Z 層間方向で引張) 24.0 48%
荷重が層に沿う方向(Flat)では強度が最大ですが、荷重が層をはがす方向(Upright、Z方向)では約半分に落ちます。これはFDM設計の鉄則につながります。「主応力が層間界面を横切らないように造形方向を選ぶ」——例えばフックのような部品は、荷重方向に層が沿うように寝かせて造形するのが定石です。文献でもZ方向強度はXY方向の40〜80%程度と報告されており、今回の値はその範囲に収まっています。
反り(Warping)は、造形物が冷えて収縮する際、下部がベッドに拘束されているために生じる残留応力が原因です。冷却時の熱収縮が大きい材料ほど、また部品が長いほど、隅(コーナー)が持ち上がる力が大きくなります。自由熱収縮ひずみは次式で表されます。
PLA・PETG・ABSについて、長さ100 mmの部品がTg付近からベッド/雰囲気温度(50°C)まで冷える際の収縮を比較します。反りの起こりやすさは、収縮ひずみと材料の弾性率の積(拘束されたときに蓄えられる応力に比例)で相対評価します。
# 熱収縮ひずみと反りの相対評価
materials = {
"PLA": dict(alpha=68e-6, Tg=60, E=3500e6),
"PETG": dict(alpha=70e-6, Tg=80, E=2100e6),
"ABS": dict(alpha=90e-6, Tg=105, E=2300e6),
}
L = 100.0 # 部品長さ mm
T_bed_ambient = 50.0 # 冷却後のベッド/雰囲気温度 C
print(f"部品長さ L = {L:.0f} mm, Tg付近から {T_bed_ambient:.0f}C へ冷却")
print(f"{'材料':>6} {'dT(K)':>7} {'ひずみ(%)':>10} {'dL(mm)':>8} {'反り指数':>9}")
for name, p in materials.items():
dT = p["Tg"] - T_bed_ambient
strain = p["alpha"] * dT # 自由熱収縮ひずみ
dL = strain * L
warp_idx = strain * p["E"] / 1e6 # 拘束応力に比例する相対指標 (MPa相当)
print(f"{name:>6} {dT:>7.0f} {strain*100:>10.4f} {dL:>8.3f} {warp_idx:>9.2f}")
実行結果:
部品長さ L = 100 mm, Tg付近から 50C へ冷却
材料 dT(K) ひずみ(%) dL(mm) 反り指数
PLA 10 0.0680 0.068 2.38
PETG 30 0.2100 0.210 4.41
ABS 55 0.4950 0.495 11.39
ABSの反り指数はPLAの約4.8倍です。ABSはTgが高く(105°C)、ベッド/雰囲気温度との差ΔTが大きいため収縮ひずみが大きく、しかも高い弾性率でその収縮が応力として蓄えられます。これが「ABSは反りやすくエンクロージャが要る」「PLAは反りにくく扱いやすい」という経験則の定量的な理由です。反りを抑えるには、この式が示すとおりΔTを小さくする(=雰囲気を暖める)のが最も効果的です。
FDMで頻出する欠陥を、原因(多くは本章で扱った物理)と対策の観点で整理します。
| 欠陥 | 症状 | 主な原因 | 対策 |
|---|---|---|---|
| 反り(Warping) | 部品コーナーの浮き上がり・剥がれ | 冷却時の収縮応力(ΔT大) | ベッド加熱、エンクロージャ、ブリム/ラフト |
| 層間剥離(Delamination) | 層の境界で割れる・はがれる | 界面温度不足で溶着不良(治癒度低) | ノズル温度上昇、冷却ファン弱め、速度低下 |
| 糸引き(Stringing) | 造形物間に細い糸が残る | 移動時の樹脂垂れ、リトラクション不足 | リトラクション調整、ノズル温度低下、材料の乾燥 |
| 押出不足(Under-extrusion) | 層に隙間・欠け、線が細い | 体積流量が限界超過、ノズル詰まり | 速度低下、温度上昇、ノズル清掃、流量見直し |
| エレファントフット | 底部数層が外側に膨らむ | 初層の押しつぶし過多・ベッド高温 | 初層高さ調整、初層フロー低減、面取り補正 |
| ジッパー/継ぎ目 | 各層の始点が縦筋状に目立つ | 層の開始点でのリトラクション/圧力変動 | 継ぎ目位置の最適化、コースティング設定 |
FDMの欠陥は、多くが本章で学んだ3つの物理——溶融流動(体積流量)・層間溶着(温度と時間)・熱収縮(ΔTと拘束)——に還元できます。症状を場当たり的に直すのではなく、「どの物理が破綻しているか」を切り分けると、原因に直結した対策を選べます。
材料押出法は、その手軽さと材料の多様性から、以下のように幅広く使われています。
この章を通じて、以下を説明できるようになったか確認してください。
「FDM」と「FFF」という用語について、正しい説明はどれですか?
a) FDMは金属用、FFFは樹脂用のまったく別の技術である
b) FDMとFFFは同じ材料押出方式を指し、FDMがStratasys社の商標であるため一般名称としてFFFが使われる
c) FFFはFDMより高精度な後継技術である
d) FDMは光硬化、FFFは熱溶融の方式である
正解: b)
解説: FDM(Fused Deposition Modeling)はStratasys社の登録商標です。同じ「フィラメントを溶かして積層する」技術を、商標を避けてオープンソースコミュニティが呼ぶ一般名称がFFF(Fused Filament Fabrication)です。両者は本質的に同一のプロセスを指します。金属用でも光硬化でもありません(それぞれPBFやVPPという別カテゴリです)。
層間の溶着(接着)に関して、ガラス転移温度(Tg)はどのような意味を持ちますか?
a) Tg以下でのみポリマー鎖が拡散して溶着する
b) 界面温度がTgを上回っている間、ポリマー鎖が界面を越えて拡散し溶着が進む
c) Tgは溶着とは無関係で、色の変化温度である
d) Tgを超えると材料は必ず熱分解する
正解: b)
解説: ガラス転移温度Tgは、非晶領域の分子鎖が凍結状態から動けるようになる温度です。界面温度がTgより高い間だけ鎖が界面を越えて相互拡散し、絡み合って溶着が進みます。界面がTgを下回ると鎖の運動が凍結し溶着は事実上止まります。したがって「溶着ウィンドウ=界面がTgより高温である時間」を長く保つことが層間強度の鍵です。熱分解はTgよりずっと高い温度で起こる別現象です。
屋外で紫外線にさらされる用途で、ABS同等の靭性と耐候性を両立したい場合、最も適した材料はどれですか?
a) PLA b) ASA c) TPU d) PVA
正解: b) ASA
解説: ASAはABSと同等の機械的性質を持ちつつ、耐候性(耐紫外線性)を高めた非晶性ポリマーで、屋外用途に適します。PLAは耐熱・耐候性が低く屋外で劣化しやすく、TPUは柔軟なエラストマー、PVAは水溶性のサポート材で、いずれも用途に合いません。
0.4 mmノズルで、ライン幅0.4 mm・レイヤー高さ0.25 mm・印刷速度120 mm/sの設定を考えます。押出体積流量Qを求め、標準ホットエンド限界(12 mm³/s)と照合してください。
計算: Q = W × H × v = 0.4 × 0.25 × 120 = 12.0 mm³/s
ちょうど標準ホットエンドの限界(12 mm³/s)に達しています。これは実質的に上限ギリギリで、材料や機体の個体差によっては押出不足に陥るリスクがある「攻めた」設定です。安定造形のためには、速度を下げる(例: 100 mm/sならQ=10 mm³/s)、レイヤー高さを下げる、あるいは高流量ホットエンドに交換する、といった余裕を持たせる対策が望まれます。
片持ち梁のように一方向に曲げ荷重がかかるフック部品を造形します。層間剥離による破壊を避けるには、どのような造形方向を選ぶべきですか。本章の異方性の議論に基づいて説明してください。
考え方: FDMではZ方向(層間)強度が面内の約40〜80%しかありません(本章の例では48%)。曲げ荷重がかかると、部品表面には引張応力が生じます。この引張応力が層間界面を横切る(層をはがす)向きになると、弱い界面から層間剥離を起こします。
対策: 主応力(引張)方向に層が沿う(=押出線が連続してつながる)ように寝かせて造形します。フックであれば、フックの湾曲が造形面(XY平面)内に収まる向きに寝かせ、荷重を界面ではなく連続した押出線で受けるようにします。こうすることで、弱いZ方向界面に主応力が集中するのを避けられます。必要ならその向きに合わせてサポートを追加します。
長さ150 mmのABS製の平板を反りなく造形したいとします。本章のコード例5(反り指数 ≈ ε·E、ε = α·ΔT)を踏まえ、(1) なぜABSが反りやすいのか、(2) 反りを減らすために最も効果的なパラメータは何か、(3) 具体的な対策を3つ挙げてください。
(1) ABSが反りやすい理由: ABSはTgが高く(105°C)、ベッド/雰囲気温度との差ΔTが大きくなります。収縮ひずみ ε = α·ΔT はΔTに比例するため大きくなり、さらに高い弾性率Eによってその収縮が大きな残留応力として蓄えられます。本章の計算ではABSの反り指数はPLAの約4.8倍でした。部品が長い(150 mm)ほど絶対収縮量 dL = ε·L も増え、コーナーの持ち上がり力が増大します。
(2) 最も効果的なパラメータ: ε = α·ΔT の式から、材料固有のαは変えられないため、ΔTを小さくすること——すなわち雰囲気温度・ベッド温度を上げてTgとの差を縮めることが最も効果的です。加熱チャンバーでΔTを半減できれば、収縮ひずみと残留応力もおおむね半減します。
(3) 具体的対策の例:
冷却ファンを弱める(または切る)ことも、層間の急冷を防ぎ残留応力を下げるため有効です。
第2章では、材料押出法(FDM/FFF)の原理、造形に用いる熱可塑性プラスチックの物性、主要プロセスパラメータ、そして層間接着・異方性・反りといった力学的挙動を、高分子物理と伝熱の視点から学びました。次の第3章では、液槽光重合(VPP: SLA/DLP)による高精細な樹脂造形と、光硬化のメカニズムについて学びます。