第5章: 超伝導研究の最前線

学習目標

  • 高圧水素化物超伝導体における室温超伝導の実現と課題を理解する
  • フラットバンド超伝導とマジックアングルグラフェンの物理を学ぶ
  • ニッケル酸化物超伝導体の発見とその意義を理解する
  • トポロジカル超伝導とマヨラナフェルミオンの概念を把握する
  • 銅酸化物超伝導体の未解決問題を認識する
  • マテリアルズインフォマティクスによる超伝導体探索の方法論を学ぶ
  • 室温常圧超伝導実現への課題と将来展望を考察する

5.1 高圧水素化物超伝導体

5.1.1 理論的背景

水素は最も軽い元素であり、高いデバイ温度\(\Theta_D\)を持つため、BCS理論の枠組みでは高い\(T_c\)が期待されます。Ashcroftは1968年に金属水素が高温超伝導体となる可能性を提案しましたが、金属化に必要な圧力は数百GPaと極めて高く、実現は困難でした。

2000年代以降、第一原理計算の発展により、水素リッチな化合物(水素化物)が比較的低い圧力で高い\(T_c\)を示す可能性が理論的に予測されました。これらの物質では、軽い水素原子による高周波フォノンが強い電子-フォノン相互作用を生み出します。

\[ T_c \propto \Theta_D \exp\left(-\frac{1}{\lambda - \mu^*}\right) \]

ここで、\(\lambda\)は電子-フォノン結合定数、\(\mu^*\)はクーロン擬ポテンシャルです。水素化物では\(\lambda\)が大きく、\(\Theta_D\)も高いため、高い\(T_c\)が実現します。

5.1.2 H3S: 203 Kの超伝導

2015年、Drozdovらは硫化水素H2Sを200 GPaの高圧下で加熱することで、203 K(-70°C)という記録的な\(T_c\)を観測しました。構造解析により、実際の超伝導相は分解生成物であるH3Sであることが判明しました。

H3Sの特徴:
  • 結晶構造: Im-3m対称性の体心立方構造
  • 最適圧力: 約155 GPa
  • \(T_c\): 203 K(圧力依存性あり)
  • 機構: 従来型のフォノン媒介超伝導(\(\lambda \approx 2\))
  • 同位体効果: 重水素化で\(T_c\)低下(BCS理論と整合)

5.1.3 LaH10と室温超伝導

2019年、Somayazuluらは水素化ランタンLaH10において、170-190 GPaの圧力下で約250 K(-23°C)の\(T_c\)を報告しました。さらに同年、Sniderらは硫黄カーボン水素化物(C-S-H系)において、267 GPaの圧力下で288 K(15°C)という室温超伝導を達成したと報告し、大きな注目を集めました。

論争と再現性の問題:

2020年のNature論文(Sniderら)は、データ処理に関する疑義が指摘され、2022年に撤回されました。ただし、独立した研究グループによる追試では、類似の結果が部分的に再現されており、現象自体の存在は支持されています。科学における再現性とデータの透明性の重要性を示す事例となりました。

5.1.4 課題と将来展望

高圧水素化物超伝導体の主要な課題は以下の通りです:

  • 極高圧の必要性: 100 GPa以上の圧力維持は技術的に困難で、実用化は不可能
  • 準安定相の利用: 減圧後も超伝導相が保持される物質の探索
  • 化学的ドーピング: 圧力効果を化学的置換で代替する戦略
  • 新物質探索: 第一原理計算と機械学習による候補物質の予測
graph TD A[高圧水素化物研究] --> B[理論予測] A --> C[実験合成] B --> D[第一原理計算] B --> E[機械学習] C --> F[ダイヤモンドアンビルセル] C --> G[その場測定] D --> H[新候補物質] E --> H H --> I[実験検証] I --> J{T_c向上?} J -->|Yes| K[常圧化への戦略] J -->|No| H K --> L[準安定相] K --> M[化学的置換]

5.2 フラットバンド超伝導

5.2.1 フラットバンドの物理

フラットバンド(平坦なエネルギーバンド)は、波数空間で分散がほとんどない電子状態を指します。このような状態では、状態密度が発散的に増大し、電子相関効果が劇的に増強されます。

\[ E(\mathbf{k}) \approx E_0 \quad (\text{フラットバンド}) \] \[ \rho(E) = \sum_{\mathbf{k}} \delta(E - E(\mathbf{k})) \to \infty \quad (E = E_0) \]

フラットバンド系では、弱い相互作用でも多体効果が顕著になり、超伝導、磁性、電荷密度波などの秩序状態が現れやすくなります。

5.2.2 マジックアングルねじれ二層グラフェン

2018年、Caoらはねじれ二層グラフェン(twisted bilayer graphene, TBG)において、特定の角度(マジックアングル、約1.1°)で超伝導が出現することを発見しました。これは凝縮系物理学における画期的な発見となりました。

マジックアングルTBGの特徴:
  • フラットバンド形成: θ ≈ 1.1°でフェルミ速度が極小化
  • モアレ格子: 周期 ~13 nmのモアレ超格子構造
  • 相図: キャリア密度制御で絶縁体→超伝導→金属転移
  • \(T_c\): 最大 ~1.7 K(ゲート電圧依存)
  • 強相関効果: Mott絶縁体状態の近傍で超伝導が発現

5.2.3 モアレ超格子の理論

ねじれ角θの二層グラフェンでは、上下層の格子がずれることでモアレパターンが形成されます。モアレ超格子の周期\(\Lambda\)は:

\[ \Lambda = \frac{a}{2\sin(\theta/2)} \approx \frac{a}{\theta} \quad (\theta \ll 1) \]

ここで\(a\)はグラフェンの格子定数(0.246 nm)です。θ = 1.1°では\(\Lambda \approx 13\) nmとなります。

マジックアングル近傍では、層間ホッピングの効果でディラック点付近のバンド速度が極小化し、フラットバンドが形成されます。この状態では電子相関が支配的となり、様々な秩序状態が競合します。

5.2.4 超伝導機構の論争

TBGの超伝導機構については、複数の理論が提案されており、活発な議論が続いています:

  • フォノン媒介機構: 従来型のBCS機構だが、フラットバンドで増強される
  • 電子媒介機構: スピンゆらぎや電荷ゆらぎによる対形成
  • トポロジカル超伝導: カイラルd波やp波対称性の可能性
graph LR A[モアレ超格子] --> B[フラットバンド] B --> C[状態密度増大] C --> D[相関効果増強] D --> E[Mott絶縁体] D --> F[超伝導] D --> G[磁気秩序] E -.ドーピング.-> F F -.競合.-> G style B fill:#e1f5ff style F fill:#ffe1e1

5.2.5 他のモアレ系超伝導体

TBG以降、様々なねじれ二層系で超伝導が発見されています:

  • ねじれ三層グラフェン: より高い\(T_c\) (~3 K)
  • ねじれ二層MoS2: 遷移金属ダイカルコゲナイドでも実現
  • グラフェン/hBNヘテロ構造: 新しいフラットバンド系

5.3 ニッケル酸化物超伝導体

5.3.1 銅酸化物との類似性

2019年、Liらは無限層ニッケル酸化物NdNiO2において、Srドーピングにより超伝導(\(T_c \sim 15\) K)が出現することを発見しました。これは銅酸化物高温超伝導体の発見以来、約30年ぶりの画期的な発見です。

ニッケル酸化物は銅酸化物と多くの類似点を持ちます:

特性 銅酸化物(La2CuO4 ニッケル酸化物(NdNiO2
結晶構造 CuO2正方格子 NiO2正方格子
電子配置 Cu2+: 3d9 Ni+: 3d9
母物質の状態 反強磁性Mott絶縁体 常磁性金属?(議論あり)
最大\(T_c\) ~40 K(La系)、135 K(Hg系) ~15 K(現時点)
ドーパント Sr, Ba(ホール) Sr(ホール)

5.3.2 無限層構造の作製

ニッケル酸化物超伝導体は、通常のペロブスカイト構造(RNiO3)から酸素を除去した「無限層」構造(RNiO2)で実現します。作製プロセスは:

\[ \text{NdNiO}_3 \xrightarrow{\text{CaH}_2 \text{還元}} \text{NdNiO}_2 + \text{CaO} + \text{H}_2 \]
  1. パルスレーザー堆積法(PLD)でRNiO3薄膜をSrTiO3基板上に成長
  2. CaH2を用いた軟化学的還元処理(~300°C)
  3. アポカル酸素の除去により無限層構造RNiO2を形成
合成の困難さ:

無限層構造は準安定相であり、バルク単結晶の合成は現時点で実現していません。超伝導は高品質なエピタキシャル薄膜でのみ観測されており、試料依存性が大きいという課題があります。

5.3.3 銅酸化物との相違点

一方で、ニッケル酸化物は銅酸化物と重要な相違点も示します:

  • 多軌道性: Ni 3dバンドに加え、Nd 5d軌道がフェルミ準位に寄与
  • 電荷移動エネルギー: 銅酸化物より小さく、Mott-Hubbard型の性格が強い
  • 母物質の基底状態: 反強磁性秩序が明瞭でなく、金属的
  • 次元性: c軸方向の金属的伝導が観測される

5.3.4 現状と今後の展望

ニッケル酸化物研究の現状:

  • R依存性: Nd以外にLa, Pr系でも超伝導が確認
  • \(T_c\)向上: 圧力印加、異なるドーパント、基板歪み制御などの試み
  • 対称性: d波対称性の兆候があるが、決定的証拠は未確立
  • 相図: ドーピング依存性、擬ギャップの有無など、詳細は研究途上

今後の課題:

  • バルク単結晶の合成技術確立
  • 超伝導機構の解明(フォノンか電子相関か)
  • \(T_c\)のさらなる向上(銅酸化物並みの高温化)
  • 他の遷移金属酸化物への展開(Co, Fe系など)

5.4 トポロジカル超伝導とマヨラナフェルミオン

5.4.1 トポロジカル超伝導体とは

トポロジカル超伝導体は、バルクが超伝導ギャップを持つ一方で、表面や端にトポロジカルに保護されたギャップレス状態が存在する超伝導体です。これらの表面状態は通常の摂動に対して安定であり、量子計算への応用が期待されています。

5.4.2 BdG方程式とトポロジカル不変量

超伝導状態はBogoliubov-de Gennes(BdG)方程式で記述されます:

\[ \begin{pmatrix} H(\mathbf{k}) - \mu & \Delta(\mathbf{k}) \\ \Delta^*(\mathbf{k}) & -H^*(-\mathbf{k}) + \mu \end{pmatrix} \begin{pmatrix} u_n(\mathbf{k}) \\ v_n(\mathbf{k}) \end{pmatrix} = E_n(\mathbf{k}) \begin{pmatrix} u_n(\mathbf{k}) \\ v_n(\mathbf{k}) \end{pmatrix} \]

ここで\(\Delta(\mathbf{k})\)は対ポテンシャル、\(u_n, v_n\)はBogoliubov準粒子の波動関数です。対称性によって、BdGハミルトニアンは10種類のトポロジカルクラスに分類されます(AltlandとZirnbauerの分類)。

5.4.3 マヨラナフェルミオン

トポロジカル超伝導体の端やボルテックスコアには、マヨラナフェルミオン(Majorana fermion)と呼ばれる特殊な準粒子が現れます。マヨラナフェルミオンは以下の性質を持ちます:

\[ \gamma = \gamma^\dagger \quad \text{(自己共役)} \] \[ \{\gamma_i, \gamma_j\} = 2\delta_{ij} \]

つまり、マヨラナフェルミオンは「自分自身が反粒子」という性質を持ちます。2つのマヨラナフェルミオン\(\gamma_1, \gamma_2\)から通常のフェルミオンを構成できます:

\[ c = \frac{1}{2}(\gamma_1 + i\gamma_2), \quad c^\dagger = \frac{1}{2}(\gamma_1 - i\gamma_2) \]
マヨラナゼロモードの特徴:
  • ゼロエネルギー: エネルギーがちょうど\(E = 0\)
  • 局在性: ボルテックスコアや端に空間的に局在
  • 非アーベル統計: 交換操作で波動関数が変化(量子計算に利用可能)
  • トポロジカル保護: 局所的摂動に対して安定

5.4.4 トポロジカル超伝導体の候補物質

1. Sr2RuO4

長年、カイラルp波超伝導体の有力候補とされてきました(\(T_c \sim 1.5\) K)。しかし最近の測定で、対称性がp波でない可能性が指摘され、議論が続いています。

2. トポロジカル絶縁体/超伝導体ヘテロ構造

Bi2Se3などのトポロジカル絶縁体表面にs波超伝導体を接合すると、近接効果でトポロジカル超伝導が誘起されます。

3. 半導体ナノワイヤ/超伝導体複合系

InSbナノワイヤに超伝導体を接合し、磁場を印加すると、1次元トポロジカル超伝導相が実現します。端点にマヨラナゼロモードが出現する兆候が観測されていますが、決定的証拠は議論が分かれています。

4. 鉄系超伝導体

FeTe1-xSexやLiFeAsなどの鉄系超伝導体において、ボルテックスコアにゼロエネルギー状態が観測され、マヨラナゼロモードの候補として注目されています。

5.4.5 量子計算への応用

マヨラナフェルミオンの非アーベル統計性は、トポロジカル量子計算の基礎となります:

  • 量子ビット: 2つのマヨラナゼロモードで1量子ビットを構成
  • トポロジカル保護: 局所的ノイズに対して本質的に頑健
  • ブレイディング操作: マヨラナフェルミオンの空間的交換で量子ゲートを実現
graph TD A[トポロジカル超伝導] --> B[マヨラナゼロモード] B --> C[非アーベル統計] C --> D[トポロジカル量子ビット] D --> E[フォールトトレラント量子計算] A --> F[候補物質探索] F --> G[トポロジカル絶縁体ヘテロ構造] F --> H[ナノワイヤ系] F --> I[鉄系超伝導体] G --> J[実験的検証] H --> J I --> J J --> K{マヨラナ確認?} K -->|Yes| D K -->|No| F

5.5 銅酸化物の未解決問題

5.5.1 擬ギャップ問題

銅酸化物超伝導体の最大の謎の一つが擬ギャップ(pseudogap)です。擬ギャップは、\(T_c\)より高温の領域(\(T_c < T < T^*\))で状態密度に部分的なギャップ構造が現れる現象です。

擬ギャップの特徴:
  • 温度領域: アンダードープ領域で\(T_c\)の2-3倍の温度まで存在
  • 波数依存性: 反節点(antinodal)領域で顕著、節点(nodal)領域では弱い
  • 物理量への影響: 磁化率、ホール係数、比熱などに異常
  • 起源: 前駆的クーパー対か、競合秩序か、議論が続く

擬ギャップの起源については主に2つの立場があります:

  • 前駆超伝導シナリオ: \(T^*\)以下で既にクーパー対が形成されるが、位相コヒーレンスは\(T_c\)で確立
  • 競合秩序シナリオ: 電荷密度波、スピン密度波、軌道秩序などの競合秩序が擬ギャップを形成

5.5.2 ストレンジメタル相

最適ドープ組成近傍の正常状態は、従来のフェルミ液体理論で説明できないストレンジメタル(strange metal)と呼ばれる異常な金属状態を示します。

\[ \rho(T) = \rho_0 + AT \quad \text{(線形温度依存性)} \]

通常の金属では\(\rho \propto T^2\)(フェルミ液体)ですが、銅酸化物では\(T\)に比例します。これは量子臨界性(quantum criticality)の兆候と考えられていますが、その微視的起源は不明です。

5.5.3 対称性の問題

銅酸化物の対称性は\(d_{x^2-y^2}\)波であることがほぼ確立していますが、微細な構造についてはまだ議論があります:

  • 純粋な\(d_{x^2-y^2}\)波か、小さなs波成分の混合か
  • 時間反転対称性の破れの有無
  • 電荷密度波との相互作用による対ポテンシャルの変調

5.5.4 ストライプ秩序とネマティック性

多くの銅酸化物で、ストライプ秩序(電荷とスピンの空間変調)が観測されています。また、四回対称性が破れたネマティック相も報告されており、これらが超伝導とどう関係するかは重要な問題です。

graph TD A[銅酸化物の未解決問題] --> B[擬ギャップ] A --> C[ストレンジメタル] A --> D[ストライプ/ネマティック秩序] B --> E{起源は?} E --> F[前駆超伝導] E --> G[競合秩序] C --> H[量子臨界点] D --> I[超伝導との関係] F -.競合.-> G H -.関連?.- B I -.影響.- B style A fill:#ffe1e1

5.5.5 なぜ重要か

これらの未解決問題は、単に銅酸化物の理解にとどまらず、強相関電子系の普遍的物理に関わります。擬ギャップやストレンジメタルは、鉄系超伝導体、重い電子系、有機超伝導体でも観測されており、高温超伝導の機構解明の鍵となる可能性があります。

5.6 鉄系超伝導体の進展

5.6.1 新物質探索

2008年の発見以降、鉄系超伝導体は多様な化合物群に拡大しました:

  • 1111系: RFeAsO (R = 希土類)、最高\(T_c \sim 56\) K
  • 122系: BaFe2As2など、良質単結晶が得られ研究が進展
  • 11系: FeSe、単純構造だが\(T_c\)は低い(~8 K)
  • FeSe単層: SrTiO3基板上で\(T_c > 65\) K(界面効果)

5.6.2 多バンド超伝導

鉄系超伝導体の重要な特徴は、複数のフェルミ面が超伝導に寄与する多バンド超伝導です。電子ポケット(Γ点、M点)とホールポケット(X点)の間で符号反転する\(s_{\pm}\)波対称性が有力視されています。

\[ \Delta_{\text{hole}} > 0, \quad \Delta_{\text{electron}} < 0 \]

5.6.3 ネマティック性とスピンゆらぎ

鉄系超伝導体では、構造相転移と磁気相転移が近接して起こります。特に、ネマティック相(四回対称性の自発的破れ)が超伝導の前駆現象として重要であることが明らかになってきました。

5.6.4 トポロジカル超伝導の可能性

FeTe1-xSexなどの鉄系超伝導体表面で、トポロジカル表面状態やマヨラナゼロモードの兆候が観測されており、トポロジカル超伝導体の候補として注目されています。

5.7 マテリアルズインフォマティクスと超伝導体探索

5.7.1 データ駆動型材料探索

従来の材料探索は、直感と試行錯誤に大きく依存していました。マテリアルズインフォマティクス(MI)は、機械学習とデータベースを活用して、より効率的な材料探索を可能にします。

MIアプローチの利点:
  • 探索空間の削減: 候補物質を数百万→数百に絞り込み
  • 設計指針の抽出: 高\(T_c\)と相関する記述子を発見
  • 予測モデル構築: 未測定物質の\(T_c\)を予測
  • 能動学習: 実験フィードバックで予測精度を向上

5.7.2 超伝導データベース

大規模な超伝導体データベースが公開されており、MI研究の基盤となっています:

  • SuperCon: 国立材料科学研究所(NIMS)、約3万件の超伝導体データ
  • Materials Project: 結晶構造と電子状態の第一原理計算データベース
  • ICSD: 無機結晶構造データベース

5.7.3 記述子と機械学習モデル

\(T_c\)予測のための記述子(特徴量)には以下があります:

  • 組成的記述子: 元素の電気陰性度、イオン半径、価数
  • 構造的記述子: 格子定数、配位数、結合角
  • 電子的記述子: フェルミ準位での状態密度、バンド幅
  • フォノン的記述子: デバイ温度、平均フォノン周波数

機械学習手法としては:

  • ランダムフォレスト: 非線形関係の捕捉、特徴量重要度の評価
  • 勾配ブースティング: 高精度だが解釈性に課題
  • ニューラルネットワーク: 深層学習で複雑なパターンを学習
  • ガウス過程回帰: 不確実性評価が可能、能動学習に適する

5.7.4 第一原理計算との統合

密度汎関数理論(DFT)による第一原理計算をMIと組み合わせることで、予測精度が向上します:

graph LR A[候補物質リスト] --> B[DFT計算] B --> C[電子状態・フォノン] C --> D[記述子抽出] D --> E[機械学習モデル] E --> F[T_c予測] F --> G{有望?} G -->|Yes| H[実験合成] G -->|No| A H --> I[測定] I --> J[データベース更新] J --> E style E fill:#e1f5ff style H fill:#ffe1e1

5.7.5 成功例と課題

成功例:

  • MgB2の\(T_c\)予測(事後検証)で高精度達成
  • 高圧水素化物の新候補物質の予測(LaH10など)
  • 鉄系超伝導体の\(T_c\)予測モデル構築

課題:

  • データの偏り: 高\(T_c\)物質が過剰に研究され、低\(T_c\)データが不足
  • 機構の多様性: フォノン、電子相関、トポロジーなど異なる機構の統一記述が困難
  • 合成可能性: 予測物質が実際に合成できるかは別問題
  • 解釈可能性: ブラックボックス予測でなく、物理的洞察を得る必要

5.7.6 自律型実験システム

最先端の研究では、MI予測と自動合成・測定を組み合わせた自律型材料探索システムの開発が進んでいます:

  • ロボット合成システムによる自動薄膜作製
  • 高スループット測定装置
  • 能動学習アルゴリズムによる次候補物質の自動提案
  • 人間の介入を最小化した探索ループの実現

5.8 室温常圧超伝導への挑戦

5.8.1 理論的限界

室温超伝導(\(T_c \sim 300\) K)が実現可能かという問いは、超伝導研究の究極の目標です。BCS理論の枠組みでは:

\[ T_c \approx 1.13\Theta_D \exp\left(-\frac{1}{\lambda - \mu^*}\right) \]

\(T_c = 300\) Kを実現するには、\(\lambda > 2\)かつ\(\Theta_D > 1000\) K程度が必要です。これは水素化物では達成されていますが、極高圧が必要です。

5.8.2 戦略と課題

室温常圧超伝導実現への主要な戦略:

1. 準安定高圧相の常圧回収

高圧下で合成した超伝導相を、減圧後も準安定相として保持する試み。ダイヤモンドやグラファイトのように、準安定相が常圧で存在する例は多数ありますが、超伝導相での実現は未達成です。

2. 化学的圧力効果

元素置換や化学的ドーピングにより、物理的圧力と同様の効果を発現させる戦略。部分的成功例はありますが、高圧水素化物レベルの\(T_c\)は未実現です。

3. 界面・ヘテロ構造

FeSe単層/SrTiO3界面での\(T_c\)増強(~65 K)のように、界面効果を利用した\(T_c\)向上。ただし室温までの到達は遠い道のりです。

4. 新機構の探索

フォノン以外の媒介相互作用(励起子、プラズモン、スピンゆらぎ)による超伝導。鉄系や銅酸化物がこの可能性を示唆しますが、機構解明が先決です。

5.8.3 材料設計指針

現時点で考えられる高\(T_c\)材料の設計指針:

  • 軽元素: 高いフォノン周波数→高い\(\Theta_D\)
  • 高状態密度: フェルミ準位での\(N(E_F)\)増大
  • 強い電子-フォノン結合: 格子不安定性の利用
  • 多バンド効果: 複数のフェルミ面での対形成
  • 二次元性: 銅酸化物の例から、層状構造が有利か
  • 電子相関の最適化: 強すぎず弱すぎない中間領域

5.8.4 社会的インパクト

室温常圧超伝導が実現した場合の社会的影響は計り知れません:

予想される応用:
  • 送電: 損失ゼロの電力網、エネルギー革命
  • 輸送: リニアモーターカーの常温化、電気自動車の効率化
  • 医療: MRIの小型化・高性能化、コスト削減
  • エレクトロニクス: 超高速・超低消費電力コンピュータ
  • 量子技術: 量子コンピュータ、超高感度センサー
  • エネルギー貯蔵: 超伝導磁気エネルギー貯蔵(SMES)

5.9 オープン問題と研究の方向性

5.9.1 基礎物理の未解決問題

  1. 高温超伝導の機構: 銅酸化物、鉄系の超伝導発現機構は本当に理解されたか?
  2. 擬ギャップの起源: 前駆超伝導か競合秩序か、決着は?
  3. 量子臨界性の役割: ストレンジメタルと超伝導の関係は?
  4. トポロジカル超伝導の同定: マヨラナフェルミオンの決定的証拠は?
  5. \(T_c\)の理論的上限: フォノン機構での限界は存在するか?

5.9.2 材料探索の方向性

  1. 新物質群の開拓:
    • ニッケル酸化物以外の遷移金属酸化物
    • 有機-無機ハイブリッド超伝導体
    • 二次元材料(グラフェン以外のモアレ系)
  2. 高圧研究の深化:
    • 新しい水素化物の探索
    • 準安定相の常圧回収技術
    • 化学的圧力効果の最大化
  3. 界面・ヘテロ構造:
    • 近接効果の最適化
    • 電場効果による\(T_c\)制御
    • 人工超格子での新奇超伝導

5.9.3 技術開発の方向性

  1. 測定技術:
    • 超高圧下でのその場測定(X線回折、ラマン、輸送特性)
    • 時間分解分光による超高速ダイナミクス観測
    • 走査トンネル顕微鏡による局所電子状態解析
  2. 合成技術:
    • 原子層制御薄膜成長
    • 高スループット自動合成システム
    • 軟化学的手法の開発
  3. 計算技術:
    • 強相関系の精密計算手法
    • 機械学習ポテンシャルの開発
    • 量子コンピュータによる物性計算

5.9.4 学際的アプローチ

超伝導研究の今後は、複数分野の融合が鍵となります:

graph TB A[超伝導研究] --> B[物性物理] A --> C[材料科学] A --> D[化学] A --> E[計算科学] A --> F[データサイエンス] B --> G[理論構築] C --> H[新物質合成] D --> I[化学設計] E --> J[第一原理計算] F --> K[MI予測] G --> L[新機構発見] H --> L I --> M[最適組成] J --> M K --> M L --> N[室温常圧超伝導] M --> N style A fill:#ffe1e1 style N fill:#e1ffe1

5.9.5 研究者への提言

超伝導研究に取り組む若手研究者へのアドバイス:

  • 基礎を固める: BCS理論、強相関理論、測定技術の基礎を徹底的に学ぶ
  • 複数の手法を習得: 実験、理論、計算を組み合わせる能力
  • 学際的視点: 物理・化学・材料科学の境界を越える
  • データサイエンス: MI手法を積極的に取り入れる
  • 国際協力: 大型実験施設や国際共同研究の活用
  • 長期的視野: 室温超伝導は困難だが、挑戦する価値がある

5.10 まとめ

本章では、超伝導研究の最前線を概観しました。高圧水素化物による室温超伝導の実現、フラットバンド超伝導とマジックアングルグラフェンの発見、ニッケル酸化物超伝導体の出現、トポロジカル超伝導とマヨラナフェルミオンの探索など、この10年間で超伝導研究は大きく進展しました。

一方で、銅酸化物の擬ギャップ問題、ストレンジメタルの起源、室温常圧超伝導の実現など、多くの重要な課題が残されています。これらの問題に取り組むには、従来の枠を超えた学際的アプローチが不可欠です。

マテリアルズインフォマティクスの発展により、データ駆動型の材料探索が現実のものとなりつつあります。第一原理計算、機械学習、自律型実験システムを統合することで、超伝導体探索は新たな段階に入っています。

室温常圧超伝導の実現は、依然として困難な挑戦です。しかし、過去20年間の進歩を見れば、不可能ではないことも確かです。基礎物理の深い理解、新しい材料合成技術、先端的測定手法、そしてデータサイエンスの融合により、私たちは夢の実現に近づいています。

重要なポイント:
  • 高圧水素化物で室温超伝導を達成したが、常圧化が課題
  • フラットバンド超伝導は新しい物理現象として注目されている
  • ニッケル酸化物は銅酸化物に次ぐ重要な超伝導体候補
  • トポロジカル超伝導は量子計算への応用が期待される
  • 銅酸化物の未解決問題は強相関物理の核心に関わる
  • マテリアルズインフォマティクスが材料探索を加速
  • 室温常圧超伝導実現には学際的アプローチが必要

演習問題

問題1: 高圧水素化物の設計指針

なぜ水素リッチな化合物が高い\(T_c\)を示すのか、BCS理論に基づいて説明せよ。また、極高圧が必要な理由を結合性の観点から論じよ。

問題2: フラットバンドと超伝導

(a) フラットバンドで状態密度が増大する理由を、\(\rho(E) = \sum_{\mathbf{k}} \delta(E - E(\mathbf{k}))\)の式から説明せよ。
(b) マジックアングルねじれ二層グラフェンのモアレ周期が~13 nmとなる角度を計算せよ(グラフェン格子定数 a = 0.246 nm)。

問題3: ニッケル酸化物と銅酸化物の比較

NdNiO2とLa2CuO4の類似点と相違点を、(a) 電子配置、(b) 結晶構造、(c) 母物質の基底状態の観点から論じよ。

問題4: マヨラナフェルミオンの性質

(a) マヨラナフェルミオン\(\gamma\)が満たす関係式\(\gamma = \gamma^\dagger\)の物理的意味を説明せよ。
(b) 2つのマヨラナフェルミオンから通常のフェルミオンを構成する式を示し、これが量子計算にどう応用されるか述べよ。

問題5: 擬ギャップ問題

銅酸化物超伝導体の擬ギャップについて、(a) 前駆超伝導シナリオと競合秩序シナリオの違いを説明せよ。(b) どのような実験が両者を区別できるか提案せよ。

問題6: ストレンジメタル

銅酸化物のストレンジメタル相で観測される電気抵抗の線形温度依存性\(\rho \propto T\)は、なぜフェルミ液体理論(\(\rho \propto T^2\))から逸脱しているのか。量子臨界性との関連を考察せよ。

問題7: マテリアルズインフォマティクス

(a) 超伝導体の\(T_c\)予測に有効な記述子(特徴量)を5つ挙げ、それぞれがなぜ重要か説明せよ。
(b) 機械学習モデルの予測精度を向上させるための戦略を3つ提案せよ。

問題8: 室温常圧超伝導への戦略

室温常圧超伝導を実現するための戦略を4つ挙げ、それぞれの利点と課題を論じよ。また、あなた自身が最も有望だと考える戦略とその理由を述べよ。

問題9: 研究提案

本章で学んだ最前線の研究トピックの中から1つ選び、具体的な研究テーマを提案せよ。提案には、(a) 研究目的、(b) 手法、(c) 期待される成果、(d) 困難な点とその対策を含めること。

問題10: 総合考察

超伝導研究の過去(BCS理論)、現在(高温超伝導体)、未来(室温常圧超伝導)を振り返り、この分野の発展を支えてきた要因と、今後の展望について自由に論じよ(800字程度)。

参考文献

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